●冷泉家 重文「私家集」39帖そろう
歌人・藤原定家の子孫、冷泉(れいぜい)家(京都市上京区)に伝わる国重要文化財の歌集「私家集(しかしゅう)」39帖(じょう)のうち、唯一行方が分からなかった「資経本斎宮女御集(すけつねぼんさいくうにょうごしゅう)」が見つかった。三重県明和町の県立斎宮歴史博物館が調査。県内に工場がある複写機メーカーの京セラミタ(大阪市)が購入費1575万円を寄付し、同県が近く購入する。
私家集は「斎宮女御」と呼ばれた村上天皇の后・徽子(よしこ)女王(929〜985)の歌集。
ETC車載器が0円
重文は、経歴不明の人物、藤原資経による鎌倉時代の写本で、同じ定家直系の二条家が室町時代に断絶後、冷泉家に所有が移ったと考えられている。
冷泉家には、今回見つかった資経本と同じ内容の写本はあるが、他の38帖とは書体が異なっており、江戸時代のものとみられる。
昨年6月に資経本を入手した東京都内の古美術商から連絡を受け、同館が調査を開始。榎村寛之・学芸普及課長によると、最終ページに「永仁二年」(1294年)と「藤原資経」の奥書があった。鎌倉時代の貴族が好んで用いた平仮名がこの写本でも多用されていることや、奥書が他の38帖の多くと共通することが鎌倉時代の写本との決め手になった。【新宮達】
(引用 yahooニュース)
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私家集は「斎宮女御」と呼ばれた村上天皇の后・徽子(よしこ)女王(929〜985)の歌集。
重文は、経歴不明の人物、藤原資経による鎌倉時代の写本で、同じ定家直系の二条家が室町時代に断絶後、冷泉家に所有が移ったと考えられている。
冷泉家には、今回見つかった資経本と同じ内容の写本はあるが、他の38帖とは書体が異なっており、江戸時代のものとみられる。
昨年6月に資経本を入手した東京都内の古美術商から連絡を受け、同館が調査を開始。榎村寛之・学芸普及課長によると、最終ページに「永仁二年」(1294年)と「藤原資経」の奥書があった。鎌倉時代の貴族が好んで用いた平仮名がこの写本でも多用されていることや、奥書が他の38帖の多くと共通することが鎌倉時代の写本との決め手になった。【新宮達】
(引用 yahooニュース)
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